最高裁判所第一小法廷 昭和25年(オ)44号 判決 1953年4月16日
主文
原判決を破毀する。
本件を札幌高等裁判所に差戻す。
理由
上告理由第二点について。
原判決は当事者間に争なき「被上告人は本件宅地一一九坪八合二勺のうち五三坪を訴外近平蔵から賃借しその地上に建物を所有していたところ、その建物は今次戦争に際し防空上の必要から昭和二〇年六月一五日に除却され、本件土地は一時訴外小樽市に賃貸されたのであるが、その後道路敷地に編入された分を除いてその残部が昭和二二年三月三一日及び同二三年四月一日の両度に所有者近平蔵に返還されるに及び被上告人は右近平蔵に返還された土地のうち二八坪につき従前の賃借人として同人に対し罹災都市借地借家臨時処理法(以下処理法という)二条の賃借の申出をなした」との事実と、証拠によつて認定した「近平蔵は右賃借申出当時該地上に家屋を所有していたが、(この点に関する原審の判示は必ずしも精密ではない。)該家屋はその敷地がいまだ小樽市に賃貸されていた昭和二一年九月中に小樽市の了解を得ることなく建築されたものである」との事実とに基き、かかる事実関係にあつては近平蔵は処理法二条一項但書にいわゆる「その土地を権原により現に建物所有の目的で使用している者に」該当せず、従つて被上告人が同人に対してなした賃借の申出は有効である旨判示したのである。
しかし処理法二条一項但書にその土地を権原により現に建物所有の目的で使用する者というのは同条本文の賃借申出当時現に権原により建物所有の目的で当該土地を使用する者を意味すること多言を要しない。すなわち当該地上に建物を所有するものがたとえその建物建築当時においては不法に土地の使用をはじめた場合であつても右賃借申出の時において現に正権原により該土地を使用するものである限りなお前示但書の保護を受け得るものといわなければならない。蓋し右但書の法意は賃借申出の当時現に正権原により建物所有の目的でその土地を使用するものがある以上かつての賃借人に比しその使用者を保護せんとするにあること明白だからである。しかるに、原判決は前説示の如く本件賃借申出当時係争土地を家屋所有の目的で使用していた土地所有者近平蔵がその家屋建築の際借地権者であつた小樽市の承認を得ることなく不法に右土地を使用し始めたとの事実を認定しただけで、右賃借申出当時においてもなお同人が権原によらず該家屋所有の目的で本件土地を使用していたか否かにつき何等究めることなく直ちに同人を処理法二条一項但書にいわゆる権原ある土地使用者に該当しないと判示したのは理由不備の違法ありとせさざるを得ない。論旨は理由あり、この点において原判決は全部破毀を免れない。
同第五点について。
原判決は、被上告人において本件土地につき賃借権を取得したと主張するのはその一部二八坪に過ぎないにも拘わらずその賃借権に基く引渡請求を保全する目的を以て本件土地の全部に対して所有権の譲渡その他一切の処分を禁止した仮処分決定を認可した第一審判決を維持し「右二八坪は一筆である本件土地一一九坪八合二勺の一部であるから仮処分の性質上右のような処置は止むを得ないものと言わなければならない」旨判示している。
しかしながら仮処分は請求保全の目的を以てなされるものであり、裁判所はこの目的を達するに十分にして必要な限度においてのみその処分を定めなければならないこと多言を要しない。果して然りとすれば、被上告人において本件仮処分により保全せんとする賃借権が本件土地の一部二八坪について存するに過ぎないものである以上、この部分のみにつき処分禁止の措置を講ずればその請求保全の目的を達するに十分であること勿論であつてたとい右二八坪が一筆である本件土地の一部であるとしてもこの一事により被上告人主張にかかる賃借権の目的でない他の部分を含めて本件土地全部に対して仮処分をなす必要ありということはできない。原判決が前示の如き理由説明をなして第一審判決を是認した所以のものは一筆の土地の一部につき処分禁止の仮処分をしても、土地の一部についての処分を認めていない法制上かかる仮処分の執行としてその禁止を登記簿に記入することが法律上不可能であると考慮した結果に外ならないと思われる。しかし一筆の土地の一部につき処分禁止の仮処分がなされた場合であつてもその一部の土地が全体のいずれの部分に該当するかを明確にしてさえあればかかる仮処分と雖も必ずしも法律上執行不能とはいい得ないのである。すなわち本件についてこれを見れば本件土地の中被上告人が賃借権を取得したと主張する二八坪がその全体のいずれの部分に該当するかを明確にしそしてその部分のみにつき処分禁止の仮処分がなされたとしてこの場合仮処分債務者たる上告人(賃借権を対抗せられる土地所有者)において任意右二八坪を分筆しその登記をしないとしても仮処分債権者は当該命令正本を代位原因を証する書面として債務者に代位してその部分の分筆の申告及びその登記をすることができるのであるから(昭和二七年九月一九日法務省民事局甲第三〇八号民事局長回答法務省民事局編民事月報第七巻第一〇号一五四頁参照)かかる手続を経た後にあつては、仮処分裁判所において前示二八坪に対する仮処分の執行としての登記記入をなさしめることにつき何等の妨もないこと明らかである(民訴七五八条三項参照)。されば原審が前説示の如く判示して第一審判決を維持したことは、仮処分の目的を達するに必要な範囲程度を逸脱したものというの外なくこの点においても論旨は理由があり原判決は全部破毀を免れない。
よつて爾余の論旨に対する説明を省略し民訴四〇七条一項により主文のとおり判決する。
この判決は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎)